気候変動フィクション『ターミネーション・ショック』
人気SF 作家ニール・スティーヴンスンの話題作『ターミネーション・ショック』の邦訳版が、パーソナルメディアより2025年10月に発刊された。
本作品は、地球温暖化が深刻化した2030年頃の近未来を舞台にしたCli-Fi(Climate Fiction、気候変動フィクション)だ。Cli-FiはSF小説(Science Fiction)の一つで、物語の中に気候に関する科学的な事実を取り入れ、読者に対して気候変動問題への認識やその解決策への模索を提起するようなジャンルだ。
「ターミネーション・ショック(Termination Shock)」とは、一度開始されたソーラー・ジオエンジニアリングプロジェクトを突然中止した場合に、気温が急激に上昇して引き起こされる壊滅的な影響を指す科学用語である。このタイトルは、気候変動という問題そのものだけではなく、それに対する緊急の「対症療法」にも大きなリスクがあるという、この問題の複雑さを示している。
物語はテキサスの地方空港を舞台に始まる。ネーデルラント(オランダ)の女王サスキア自ら操縦する小型機が、滑走路に乱入した野ブタと衝突して不時着。その場に居合わせたのが、テキサスで巨大な野ブタを追っていたハンターのルーファス。サスキアをその場から助け出すと、彼女と行動を共にすることになる。
世界が気候変動による海面上昇や異常気象に苦しむ中、テキサスの億万長者であるT.R.シュミット博士は、「世界最大の銃=ビッグガン」とよばれる巨大な装置をメキシコ国境近くに建設し、二酸化硫黄を成層圏に継続的に散布する計画を進めていた。これは1991 年のフィリピン・ピナトゥボ山噴火が一時的に地球を冷却した現象を模倣したもので、太陽光を反射して地球の気温を下げることを目的としている。この計画は、世界の政府や科学界が気候変動対策に合意できない状況下でT.R.が独断で行っているものだった。彼は、オランダ、ヴェネツィア、太平洋の島々など、海面上昇の脅威に晒される低地国家や地域の有力者や資産家を招いた発射実験によって、計画を既成事実化してしまう。
T.R. のソーラー・ジオエンジニアリング計画は、一部の地域を救う一方で、別の地域の天候パターンを乱すなど、意図せぬ結果をもたらす可能性があった。こうして、計画の支持者と反対者の間で国際的な対立が激化していく。登場人物たちはそれぞれの立場で地球規模の危機に立ち向かうことになる。
舞台は、テキサス、オランダ、ヴェネツィア、ヒマラヤ山脈、インドネシアなど世界各地に及ぶ。それぞれの地で繰り広げられる物語は、複雑なプロットと個性的なキャラクターに彩られ、登場人物のルーツや文化的・政治的背景と複雑に絡み合って進んでいく。
気候変動をテーマとするSF小説として、『ターミネーション・ショック』とキム・スタンリー・ロビンスンの『未来省』(パーソナルメディア刊)の二作品を比較している書評や同二作品を考察の材料としている学術論文などもある。このことからも二つの作品がCli-Fiを代表する人気作として、海外では広く知られており、高く評価されていることが伺える。
地球温暖化は決して他人事ではない。壮大な物語の中に足を踏み入れ、気候変動問題を「自分事」として考える契機となれば幸いである。