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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.86)

新しい技術による世界への貢献を心掛けて

 ユビキタス・コンピューティングがここ1年ぐらい我々の努力もあってか、非常に注目を浴びるようになって来た。

 ところで非接触ICカードやその同系統の技術であるRFIDタグは、10年ぐらい前から比較的知られている技術であるわりには、鳴かず飛ばずであった。それががぜん注目を浴びるようになってきた理由は、カードやタグ自身の技術進歩もさることながら、具体的な応用が見えてきたこと、ネットワークインフラが整備されてきたこと、超小型リーダ/ライタ技術など周辺技術が進歩したことといった、環境の変化が大きい。さらに個別要素でなくユビキタス・コンピューティングという枠組みの中でトータルなシステムとして提示したことにより、そのメリットが誰の目にも明らかになったからだろう。

 ところが、そうなればそうなったで、米国のものをそのまま我が国に導入しようという人々が「活躍」し始めているのもいつものごとくである。新しい技術の動きが見えたときに、自分たちで技術の進歩に貢献しようとしないで、海外製の「グローバルスタンダード」という触れ込みのものをそのまま強硬に定着させようとする。お決まりの日本的「ぐろーばるすたんたーど」の典型的パターンだ。

 ここで注意していただきたいのは、我々は「日本国内はすべて国産の技術で」というようなテクノ・ナショナリズムを主張しているのではないということだ。新しい技術が現われたら、まず自分の頭でよく考えることが必要なのだ。その結果、米国のものが明らかに優れていれば導入すれば良いのである。それを自分で考えることを放棄して、日本で独自に問題を解決しようとする人々を中傷したり妨害してまで無理やりに導入しようとするから違和感を感じるのである。

 確かにPCやインターネットは米国の技術をほぼそのまま日本に導入することができた。ところが携帯電話のインターネット接続技術は欧米標準のWAPでなく日本独自のi-modeを採用したからこそ成功し、今や日本は携帯電話を使った世界の最先端ビジネスモデルが切磋琢磨する国となっている。PCやインターネットが仮想空間上の技術であるのに対し、携帯電話の技術は、モノに近い日常生活に密着した技術であり、計算資源も限られるため、「ものづくり日本」の細かな気配りが優位性を発揮する。さらに、インターネットとともに電子マネーや電子チケットに関心が集まり、欧米の技術を競って導入するブームがあったことを思い起こしてもらいたい。この分野では欧米から導入した技術は日本の商習慣と整合性が良くないことも明らかになり、ニーズとかい離していたためブームは縮小していった。そして現在、生き残っている電子マネーや電子チケットの技術は我が国の市場の要求を元に独自開発されたものが多い。生活に密着するほど、技術に対するニーズは国により異なり、問題解決のためには地道な技術開発が必要なのである。

 これをRFIDで考えてみると、米国でRFIDタグが注目されているのはサプライチェーンマネージメント(SCM)に集中していて、我が国とは少しその目的が違うのではないかということだ。これは我が国でも最近認識が深まってきているが米国の場合は出荷された商品が販売されるまでになくなってしまう「シュリンケージ(減失)」が多いのでその対策としてRFID導入に注目が集まっている。シュリンケージの原因は内部犯行や取引先の不正や万引とされ、フロリダ大学の調査した2002 National Retail Security Surveyによると米国では全商品の売上の1.7%にあたる310億ドルもの被害があると推測される。シュリンケージは扱う商品によっても異なり宝石の2.24%から家電製品の0.74%まで幅があるという。公式報告ではこの程度だが、非公式には商品によっては1割以上、ひどい場合は2~3割の被害があるという話も聞く。このような目的のためには、作業者が信用できないのだから商品を人を介さず常時監視しなければならない。そのためには10m近くの長い距離が届き、複数常時読み取り可能な高出力のリーダを使わないと実現できないだろう。

 だが、我が国ではシュリンケージがもともと少ない。今、最も重要なことは、安全・安心を確保し、モノの生産から販売、消費、廃棄までを追跡して、資源やエネルギー節約型の社会を実現し、持続的(サステナブル)な成長を可能とすることであろう。常時監視するために、いたるところに高出力リーダ/ライタを配備するのは、あまり健康には良いとも思われない。それよりは食品や医薬品の安全性を向上させる用途が先だろう。目的が違えば、使う周波数や出力なども変わってくる。たとえば肝心の医療の現場でUHF帯は、医療機器への悪影響から使えないという判断が出ている。

 BSEに関しても米国は食用牛のBSE検査は0.1%程度(3500万頭中の2万頭から4万頭へ)で十分としている。一方我が国はコストをかけても100%全頭検査を行っている。全ェ検査に科学的な意味があるかという議論はあるが、国民性の違いを反映しているというのは確かだろう。逆にこのような国から生まれたきめ細かい技術が米国でも役に立ってもらいたいと思う。

 まったく何もないところから要求から始めて技術開発を行い、それを世界の人たちが使う真の「グローバルスタンダード」にできるかが、日本のこれからの行方を左右する。何か始めようとしたときに、何の考えもなく米国から持ってくるのでは米国にも世界にもかえって失礼である。できる能力を持ちながら、チャレンジしない人間は、どんなに有能でも米国では尊敬されない。たとえば米国ではRFIDタグの単価5セントを目指してさまざまなベンチャー企業が開発を行っているが、そこに同じ仕様でこれよりもさらに格安のタグを国が一丸となって製造技術を開発して、大量供給して市場を奪うような行為をすれば、昔の貿易摩擦の繰り返しだ。RFIDのコード割り振りなどでもうける一部の人には喜ばれるかもしれないが、尊敬もされないだろう。

 これは、最近繰り返し言っていることだが、国際政治の舞台で高度な交渉力を発揮して、存在感を発揮するような能力は、残念ながら今の日本にはない。科学技術の面で貢献するしかないし、またそれができるということでは選ばれた国でもある。単に個人的願望といってしまえばそれまでだが、科学技術開発の面で世界に貢献し尊敬される国になってほしい。だからこそのT-Engineフォーラムであり、ユビキタスIDセンターでもあり、その努力を今後とも続けていく所存である。

坂村 健