プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.74)
- 正統派、今も新しいBTRONにぜひトライを
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TRONWARE、本号は久しぶりのBTRON/超漢字を中心とした入門特集である。BTRONプロジェクトは、日本におけるパーソナルコンピュータ向けOSの標準を目指して1980年代半ばに開始されたが、さまざまな紆余曲折があり、10万文字以上が扱える多漢字OSとして実用に供されるようになったのは1999年、ここ3年くらいのことである。グラフィカルユーザーインタフェース(GUI)を持ったOSはいろいろあるが、誕生が米国なので商用化も米国が中心、他国製というとせいぜい英国に見られるぐらいで、その他の国で完全にゼロから作られたGUIをもった商用OSは珍しい。実験や研究用に作られたOSは世界的にも多いが、たくさんの人の使用に堪える実用OSはあまりない。BTRONはここ3年で20万人以上の人によって試された。寡占状態のWindowsなどに比べればごく少ないが、ハンディキャップのある闘いをしてきた身から言えば、なんと多い、というのが感想だ。
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BTRONは実にシンプルなユーザーインタフェースを持っていて、パソコンを初めて使う人にはわかりがよいけれども、Windowsを使ってからBTRONを使うとちょっととまどう。同じGUIのOSであるが、根本的な考え方がまったく異なる。最近、Windowsもアイコンが使われなくなっているが、BTRONははじめからアイコンがない。当初から今で言うモバイルやウェアラブルのような資源の少ない環境を意識していたので、アイコンを使うとユーザーインタフェースのスケーラビリティがなくなる、つまり小さなディスプレイでは困るだろうと考え、アイコンを採用しないモデルを作ったのである(WindowsとMacはよく似ているけど、使い勝手が微妙に違い、Macのほうがずっと使いやすい)。
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またファイルシステムのモデルも木構造でなく、ハイパーリンクをサポートする実身/仮身モデルで、他の方式とまったく違う。慣れてしまうとこちらのほう
が使いやすい。さらに、「アプリケーションとデータ」ではなく、「データが操作法を知っている」というオブジェクトオリエンテッドの正当な考え方になっている。つまりデータを選んでから、機能を指定するようになっている。他のOSはDOSの時代から動詞の次に名詞の「どうする」「何を」式が多い。アイコンからのアプリケーション立ち上げも、あくまでショートカットであって、真のオブジェクトオリエンテッドとは言えない。アプリケーションを立ち上げてから、データを読み込む。BTRONのようなデータを指定してから操作を指定する方式では、同じデータで動作の指定を変えるだけで、文章を書けたり、絵が描けたりする。これはWindowsやMacでは苦しい。1つのアプリケーションの中では可能であっても、OSのレベル、システムワイドで扱えるのはBTRONだけである(コンピュータサイエンス的にはこちらのほうが正統的で、SmalltalkやInterlispなどオブジェクト指向の元祖ともいえるシステムの流れを受け継いでいる)。知れば知るほど、良いはずなんですが‥‥。
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OSのニュークリアス(核)、ITRONはマルチタスク/リアルタイムOSとしては、何よりも高信頼/安定動作をねらって保守的なアーキテクチャを採用したが、BTRONは新しいアーキテクチャにチャレンジしたもので、頭をひねって考え出したのだが、理解してもらえるまでに時間がかかった。今はTRONも見直されて、携帯電話や自動車用にデファクトスタンダードとなっているが、パーソナルコンピュータ用もまだあきらめたわけではない。今一度、見直していただき、いまだに新しい考え方のユニークなOSをトライしていただけたら幸いである。
坂村 健
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