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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.73)

T-Engineプロジェクトを始めた理由

 TRONプロジェクトは正式に開始されたのが1984年だが、その数年前から準備をしていたので、実質的に20年が経過したことになる。そしてITRONは「国内の携帯電話やカーナビゲーションシステムのほとんどに使われている」と新聞や雑誌に客観的に報道されるくらいになった。ここに至るまでは、実にさまざまなことがあったが、今は、ユビキタスコンピューティングのための次世代開発環境を目指した T-Engineプロジェクトが正式に開始されたことでホッとするとともにその将来の姿を考えて、興奮している。

 ITRONはコンセプトや仕様を練ってから20年が経過するうちに、さまざまな競争や妨害に遭いながらも、数多くの人が参加し、いろいろな努力をした結果ここまでになったわけである。私一人の力ではどうにもならなかった。協力してくれた多くの方々に感謝したい。

 21世紀に入って、DRAMの価格が1年で1/10に低下し、国内でも大手メーカーの撤退が始まった。パソコン需要もとうとう息切れである。どのメーカーも業績が良くない。また新発売のデジタル家電機器では初期不良や発売延期が実に多い。新発売の携帯電話やデジタルレコーダではバグが見つからないほうが珍しい。高機能ソフトウェアを実現しようとするとどうしてもさまざまなバグが入り込み、すべてのケースをテストする時間がない。組込みソフトウェアの生産性を上げてコストを大幅に削減し、しかもバグの出現頻度を減らさなければならない。このままでは電子産業全体がやっていけなくなる。時代がまさに大きく変わろうとしている。だからこそT-Engineというような一見地味にも見えるプロジェクトを立ち上げたのだ。

 T-Engineでハードウェアを規定するのは、特にミドルウェアの整備ならびに流通を促進することを意図している。規格化された組込みプラットフォーム上でのミドルウェアの流通が、ソフトウェアの再利用や生産性の向上のカギを握っている。

 組込みソフトウェアに限らず、私の関心は、デジタルミュージアムを進めていく際にも重視した「知識の流通」にある。インターネットの発達とコンピュータの高性能化ならびに低価格化は人々の持つさまざまな知識を共有することを可能にした。 遠く離れた何万、何十万にも上る個人がネットワークを介して、大企業の開発力を越えたシステムを構築することも可能になる。利益を目的としないNPO(非営利組織)では、知識の共有こそが力になる。21世紀はいろいろな分野での知の共有がごくあたりまえになるだろう。

坂村 健