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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.66)

ウェルデザインなシステムの提供を目指して

 まもなく本当に21世紀を迎えることになった。そして20世紀のうちにTRONは当初の目的をほぼ達成することができた。TRON OS(Operating System;オペレーティングシステム)でエンジン制御された自動車に乗り、TRON OSが動いているカーナビを見ながら、TRON OSの入った携帯電話をかけて、帰途につく。こんなことができる。なんと気持ちのいいことか。思えば1980年代初頭に組込み用のリアルタイムオペレーティングシステムカーネルのデザインに着手しTRONプロジェクトは始まったわけである。

 当時、すでにリアルタイムOS自体は別に目新しくはなく、学術的には興味ある研究対象と思われていなかった。だが、各自が少しずつ異なる独自仕様の自作のリアルタイムOSを開発しており、ウェルデザイン(well designed)、つまりきれいに設計されたOSは少なく、広く普及させるには問題も多かった。ITRONが発表されて以降、多くの組込みOSの分野で少しずつ支持を得て、現在は世界で最も使われているOSになることができた。

 1980年代はインターネットがまだ学術ネットワークであり、企業で加入しているのは研究所がせいぜいであったから、TRONの仕様書の配付はもっぱら印刷物であった。今は、仕様の配付は当然のことながらWebサイトからのダウンロードが主流となっており、数々のコンピュータプロジェクトの中でもけっこう年をとったプロジェクトとなった。だが、インターネットにしてもUNIXにしても30年以上の歴史がある。このようなビンテージ級のコンピュータプロジェクトが少ない我が国において、TRONプロジェクトがその1つになれればと思っている。

 現在、まったく新しい誰も考えなかったようなモノを作るのは難しくなりつつある。例えば、建築。新しい建築物が作られていくことはあってもユニークな様式は出尽くしており、その多くは既存の組み合わせである。コンピュータはまだ半導体技術の進歩が見込め、ハードウェアが速く、規模が大きくなる余地があるが、ハードの力だけで押し切ることはもはや限界である。ハードウェア、ソフトウェアという分け方自体が古くなりつつある。境界線はあいまいになり、ソフトウェアによりハードウェアを最大限にコントロールするのがトレンドになってきた。

 コンピュータシステムのデザインは住宅のデザインに近づいており、新しい試みをやるよりも目的に応じて、既知のいろいろな手法を組み合わせ、ハードウェアやソフトウェアの最適なトレードオフによるウェルデザインなシステムを提供することが重要になりつつある。TRONが目指して来たもののなかには、HFDSやどこでもコンピュータなど時代の先駆けとなったコンセプトや研究テーマが少なからずあったが、21世紀はコンピュータが社会のインフラとしてより重要になるのは確実である。一時の流行に踊らずに、10年、100年と使えるベースとなるOSこそが求められている。このような基幹部品の1つであるウェルデザインなOSをどう提供するかという普遍的なテーマもまた大事であり、それこそが新たな試みを進める基礎になっていくと思っている。

坂村 健