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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.64)

連邦地方裁判所の判決に思う

 米国時間の6月7日、米司法省とマイクロソフト社(以下MS)との間で争われていた反トラスト法(米独占禁止法)裁判で、ワシントン連邦地方裁判所はMSの分割を命じた。ストレートに考えれば「これで他OSも広がりますね!」となるのだろうが、他の産業と違ってソフトウェアの場合、話はそう単純でない。

 MSの歴史を眺めると、70年代はBASIC言語の時代、80年代はMS-DOSの時代、90年代はWindowsの時代であった。70年代から応用ソフトも出していたが、80年代後半にOSだけでなく応用ソフト重視の傾向が強まり、他の応用ソフトメーカーとの衝突が増えていく。応用ソフトとOSの抱き合わせ販売が行われたり、Wordのようによく使われるソフトはバージョンアップのたびに文書形式を変更して、しかもそれを外部には公表しない。古いソフトでは新しいソフトで作った文書は読めず、周りがアップグレードすると利用者はいやおうなくバージョンアップをすることになる(米国の新聞でUpgrade Treadmillという表現があった。Treadmillはいわゆるルームランナーのこと。アップグレードを続けないと振り落とされてしまうことをうまく言い表している)。そしてWindowsがビジネスとして離陸すると最もよく利用されるワープロや表計算のビジネス用ソフトをセットにしてOfficeスイートとして競争力のある価格で販売を始める。単独のソフトを2個買うよりも安い価格で販売されれば、セット物を買ってしまう。しかも、WindowsにはMSの社内だけに公開するAPI(Application Program Interface)があるために、ライバル会社は不利になる。基本ソフトをビジネスとする企業ならば、本来は、その上でソフトを開発する顧客のビジネスを邪魔しないように、一線を引くはずであるが、どこかの段階でモラル・ハザードがあったのである。結局、MSのOSの販売促進に役立った応用ソフトメーカーを市場から追い出してしまう。このような反競争的行為が繰り返されて、その結果、司法省の目に余り、今回の分割命令に至るわけである。詳しくはPHP社刊『VOICE』8月号に書いたので読んでほしい。

 さて、この裁判で焦点となったMSのWWWブラウザでのライバルであったNetscapeはすでに敗退して、AOLに買収されてしまっている。MSが直ちに控訴したので、裁判自体はさらに上級審で争われれ、いつまで続くかわからない。もし、MSが仮にOSの会社と応用ソフトとの会社に分割されたとしても、独占的に強い会社が2つできるだけで、状況が良くなるとは限らない。

 パーソナルコンピュータで言えば、パソコン自体が、すでにWindows専用機化しているのである。推奨ハードウェア仕様はIntelとMSが策定しているし、周辺機器のドライバは、周辺機器メーカーではWindows用しか用意しない。ドライバの仕様を公開してくれるメーカーはまだ良心的であるが、ハードの改良やバグが出たときにドライバの変更で対応しようというメーカーも多いので望み薄。内蔵モデムはWindowsでしか動作しないソフトウェアモデムも多い。自社のWindows NT(今のWindows2000)でもドライバの少なさがハンディキャップになっていたのだから、他のOSは推して知るべしだろう。このような不利な条件があるので、Linuxがいくら盛り上がっているといってもこのままデスクトップ環境や応用ソフトも充実して、現在のWindowsのライバルとなるようになるとはちょっと考えにくい。Windowsと決別して新たなプラットフォームとなるコンピュータを築き上げて、周辺機器メーカーや応用ソフトメーカーを巻き込んでの協力が得られるくらいのことをしなければならないだろう。また各種予測によれば、インターネットアクセスはパソコンの時代は終わり、携帯電話のほうが主流になるという。例えで言えば、以前は音楽を大型ステレオの前で聞いていたのが、今では携帯プレーヤーで聞くのが普通になったようなものだろう。WWWブラウズ機能を搭載した携帯電話もiモードをはじめとして1000万台を超えた。その多くにコンパクトなITRON仕様のOSが使われている。プラットフォームを変えれば、勝負は大きく変わる。MSも携帯電話やインターネット家電用のOSにも参入してくるだろうが、独占は難しいであろう。

 MSもパッケージソフトをベースにしたビジネスには限界があると見て、6月23日にビジネスの主力をインターネットに移す「ドット・ネット」という戦略を発表したが、米国のジャーナリストたちは手厳しい論評を下している。時は動いている。1960年代から80年代にかけて大型コンピュータで隆盛を誇ったIBMがそうであるようにいかなる巨人も時の移り変わりとともに弱体化していき普通の企業になるのである。

坂村 健