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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.61)

 2000年になる直前の1999年12月になって、日本ではそれほど話題になっていなかったY2K、いわゆる西暦2000年問題について全マスコミが報道を絶え間なく流すようになった。一般紙はもちろん週刊誌やスポーツ紙も、テレビもニュースだけでなく主婦向け番組でも扱われるようになった。ここでY2K問題について述べるつもりはないが、「コンピュータが2000年になったら狂ったり停止して人類の生存にかかわる大混乱が全世界で起こってパニックになる」といったトンデモ系の人々の主張は別にして、その本質はシステムを設計する際の仕様のミスである。いろいろの事情があったにせよ(メモリやディスクが高かったなど)、ソフトウェアはいったん導入されると長期間使われるということを考えずに年号を2桁にしてしまったことが、すべての原因である。将来にわたって重要なことをキチンと決めなかったり深い考察をせずに決めてしまったために将来に向かって悔いを残した典型的な例といえよう。社会のインフラになるようなシステムは十分な考察のもとにシステム設計をしなければならない。一度作られたソフトウェアは思った以上に長期にわたって使われることがあるために、種々の意味の危機管理から見ても仕様を決めるには細心の注意を払わなければならないという教訓を私たちに残した。またそれをあとで修正しようとしたときには莫大なコストがかかるということを私たちに教えた。

 年号の仕様以外に同じような問題がないか考えてみると我が国においては漢字コードの問題もまったく同じであるといえるのではないだろうか。コンピュータは、我々の社会生活あらゆるところに入り込んでおり、特に最近では従来からのコンピュータの応用分野であったデータ処理や制御に加えて、人類の知識の保存などの新しい応用が生まれて、本格的に取り組む時期が来ている。米国議会図書館のAmerican Memory計画や私たち東京大学総合研究博物館のデジタルミュージアムのように歴史的事実や学術的資料を保存をしようとする計画がある。米国の場合には、アルファベット26文字あれば十分なのだが、日本のように多字種の国で知識のア-カイブ化をするには日本人が歴史上作った漢字がすべて入らなければならない。TRONプロジェクトでは、早くから日本で使われるインフラについての十分な検討を行い、昨年は150万字の枠組みを制定してその中で13万字を扱えるBTRON仕様を完成させ、具体的な製品として「超漢字」も発売された。漢字コードを十分な文字数を確保していないJISコードやさらに文字のユニフィケーション(統合)を行ってしまうUnicodeのままにしておくと将来にわたって禍根を残すことが明らかである。いったんデジタルア-カイブしてしまったものに修正を加えることはY2K問題と同様にどれほど困難を極めるか想像に難くはない。年号でも文字コードでも作業ひとつひとつは単純であるにもかかわらず、後から修正しようとするとたいへんやっかいな問題となってしまう。TRONはこの分野で大きく貢献できると思っているが、より強く主張していかなければいけないとY2K問題を通して強く感じた。

 西暦2000年を迎えたTRONプロジェクトとしては、なぜこのようなことをしなければいけないのかと問われれば、未来の電脳社会の基盤整備が私たちのプロジェクトの目的であるからであり、これからさらに前進させていきたい。最近、よくグローバルスタンダードという怪しげな和製英語で、すべて我が国が国際標準に合わせなければならないと勘違いしそうな発言が目立つのはまことに遺憾である。国際標準がすべて正しいとはかぎらない。Y2K問題でもCOBOLでの年号を2桁に国際標準化してしまったことが後々まで大きな影響を残している。1960年代にはすでに問題が明らかになり4桁にしようとした勢力もあったのに、いったん決めた標準に対しての修正は抵抗が大きい。特に文化や知識のア-カイブの場合は、地域の言語に依存することも多く、やり方や方法に差が出てくるべきであるし、差が出てくること自身が文化の多様性を表していておもしろいのである。その意味で欧米中心に作られているコンピュータが、文化のア-カイブに適当とは思えないし、私たちはアジア圏を中心とした多国語文化のためにもっと頑張っていかなければならないことを痛感している。2000年に突入したTRONプロジェクト、さらに大きく進展させるつもりである。

坂村 健