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プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.57)

 まもなく21世紀を迎える。コンピュータは1946年、つまり20世紀半ばに生まれたが、21世紀も目前になって、社会に急激に浸透し日常生活に欠かせない存在となった。パーソナルコンピュータは年1億台生産され、組込み型のマイクロコンピュータは一説によると500億個使われているという。非常に大きなスパンで見るとコンピュータの社会への浸透は、農業の始まりや印刷術の発明、あるいは18世紀の産業革命と同様に人類の歴史の中でたいへん大きな位置を占めるだろう。ちょうど電脳社会へ変わるときが20世紀から21世紀への移り目に重なっている。

 今は何げなく誰でもが使っているコンピュータも、ここ10年程度で大きな変化があった。パーソナルコンピュータは1980年代には単独つまりスタンドアローンで使うのが主であったが、今ではパソコンはネットワークにつながるのがあたりまえになった。1980年代、パソコン通信はモノ好きがやるものだったが、今はどんなパソコンでもインターネットにつながっている。会社のパソコンはローカルエリアネットワーク(LAN)で結ばれるのが当然になり、家庭でLANを引いている人も少なくない。ほんの5、6年前まではコンピュータ関係の人でもインターネットアドレスを持つ人は多くなかったのに、今は、コンピュータに興味のない人も含めて誰もがメールアドレスを持つようになっている。

 だがコンピュータ自体は単独で動くことに重点を置いて開発された。マイクロコンピュータもそうであったし、パーソナルコンピュータもスタンドアローンで動くことを前提に生まれた。MicrosoftのOSもネットワークのサポートが非常に遅れ、その間隙を縫ってNovellが成長したことは有名である。今普及しているパソコンの元祖IBM PCが誕生したのと同じ1981年にLANの代名詞でもあるEthernetが商用化されている。IBM PCは個人の非定型業務を処理するマシンとして市場に送り出されたので、当時の技術レベルではしかたなかったのだが、今から考えると最初からネットワーク指向のアーキテクチャで構築されていたらよかったのにと思う。Ethernetと同時にネットワークサポートを考えたオフィスワークステーションXerox Starも市場に送り出されたのだが、さまざまな理由により、現在のパソコンの先祖にはならなかった(そのコンセプトはMacintoshやWindowsに受け継がれている)。

 コンピュータがこのように社会に欠かせない存在となってくると、今まで経験していなかった多くの問題点が吹き出してくる。古い時代には問題にならなかったことが新しい時代には即していないというのはよくあることだ。メモリが高価な時代に、コンピュータ内部でのメモリ節約のために西暦の年号を2けたで扱ったことが現在まで受け継がれたために、2000年が1900年と区別できなくなるコンピュータ2000年問題。あと半年ということもあり、マスコミで毎日のように報じられている。Intelが2月にPentium IIIから各プロセッサに固有のID番号PSN(Processor Serial Number)を導入すると発表したとき、利用者のプライバシー保護に不安を抱いた人々による反対運動が広がった。Intelは ID番号機能をOFFにできると説明したが、反対の声はやんでいない。電子メールも研究者間の情報交換手段としてはこれほど便利なものはなかったのだが、人々が日常使うようになった今いろいろな問題が次々と現れてくる。ヘンな売り込みのメールは毎日届くし、とんでもなく大きな添付ファイルを付けてくる人もいれば、ウィルスの入ったメールも平気で送られてくる。メーリングリストも誰かが操作を間違えると多くの人が大量のメールを受け取って迷惑する。

 このように新たな問題が生じたときどうするかであるが、米国と日本では社会システムが違うので、問題へのアプローチも異なるし解決方法も異なる。どちらかというと、米国では物事を徹底的に分析の上、問題の原因を出来るだけ速くドラスティックに除去する解決法が取られることが多い。日常生活で裁判も平気で起きる。案の定、米国では2000年問題で訴訟が多発しており賠償額を合わせると1兆ドルにも上ると報道されている。我が国はこのような問題に対してどうだろうか。米国では徹底的にウミを出して脱皮するのに対して、我が国では全体の和を重んじて、少しずつ痛みの少ないアプローチをとることが多い。 これでうまくいくこともあるが、バブル崩壊による金融危機では手荒い手法をとった米国がいち早く立ち直ったのに日本は先送りにより、問題がより深刻化してしまった。米国は強硬なアプローチを取ることもあるが、総じて問題解決に対して前向きでやる気がある。コンピュータに関する問題では我が国の状況はどうかというと、米国で起こっていることを一生懸命追いかけるのに精一杯という状況だ。

 ところでコンピュータの世界では情報家電やデジタル家電のブームも手伝って、組込みリアルタイムシステムがますます注目を浴びてきている。今は、Sun MicrosystemsのJiniがあらゆる機器をネットワークに接続可能にするアーキテクチャとして注目を浴びているが、米国が最初というわけではなく、TRONでもプロジェクトの初期から日常のモノにコンピュータが入り、それらがリアルタイム制御のネットワークでつながれ、協調分散するイメージを提案してきた。それが実用に近づいているわけだが、あらゆるモノがネットワークにつながれるようになると2000年問題やプロセッサID問題と同じように考えなければならない問題が生じてくる。 たくさんのノードをつなげた場合に、故障がないわけはなく、システム全体の耐故障性を向上させるにはどうしたらよいか、ネットにつながった機器が相互作用によりループ動作を起こしたらどうするのか、ネットにつながれた機器が原因で火事や事故が起こったらどうするのか、それが外部からの指令が原因だったらどうするのかなど。さらにモノのネットワークの場合には情報の送り方もインターネットで送っているようなTCP/IPに依存する方法では必ずしも効率は良くないだろう。問題は山のようにある。TRONはモノのネットワークを早くから提案していたのだから、米国の状況を追いかけるのでなく、イニシアテ ィブを取ってさまざまな問題を解決していきたいと思う。

坂村 健