プロジェクトリーダーから(TRONWARE VOL.54)
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以前から言われているが、このところパソコンの終わりがそろそろ真剣に論じられるようになってきた。現在広く流通しているのはMicrosoftのWindowsをOSとするパソコンで、毎年何千万台と出荷されている。これが本当にベストで使いやすいと思っている人は少ない。使いにくいという声は多く、誰ということはなくさまざまな人が不満を言っている。
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なぜ使いにくいモノが使われているのかといえば、これには歴史的な理由があるからだ。コンピュータは機能を中心に動く。つまり、コンピュータを必要とする目的があり、それを処理するためにあった。メインフレームの昔から使いやすいコンピュータが一番売れるというわけではなかったのである。コンピュータを何のために使うかという目的が広く社会に広がるにつれて、専門技術者でない一般の誰でもが使うようになり「使いやすい」というファクターが重視されるようになったのはここ数年のことではないだろうか。
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最近我が国だけでなく米国でも今のパソコンはもうすぐ終わりで、次の時代に移るという調査や予測が出るようになった。調査会社のInternational
Data Corporationが6月に「PC中心の時代の終わり」(“The end of the PC-centric
era”)という報告書で、インターネットにアクセスする機器は2002年には非PCのいわゆるデジタル家電製品の出荷がパソコンの出荷量に迫り、2004または2005年には凌駕するという予測をして注目を集めた。7月にはやはり調査会社のForrester
Researchがやはり2002年にはPCの出荷がピークを迎えて、インターネット家電製品が伸びていくという予想を発表している。英国の経済誌Economistが9月には「パソコンの後に来るもの」(“after
the PC”)という記事を載せた。
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皆言っていることは新しくないが、それが現実に近づいただけである。その方向性としてはすべてのモノにパソコンが入るということには絶対ならない。「テレビにパソコンが入ったら起動するのに何分もかかる」という冗談がでるほど考えにくい。コンピュータがわかりにくいというのは「何でもできる」というところに一因があるので、専門家でない一般の人に使いやすいというのは、何でもできるのでなく、使いたい目的を定めた単機能指向に行く。ただそれだけではPCを越えられないので、単機能指向の機器がネットワークでつながって、総合的にいろいろなことができる方向だと思う。
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これはTRONを知っている人に言わせればなんだHFDS(Highly Functionally Distributed
Sys-tem)ではないかということになるが、時代はその方向を向いている。昔からTRONプロジェクトをやっている人からよく言われるが、TRONが昔から言っていたこととよく似たことが言われるようになった。「SUNのJiniはTRONじゃないの?」とよく言われるし、IBMも携帯端末やデジタル家電をネットワークで結ぶPervasive
Computingを最近は提唱している。認知心理学者で元Apple FellowのDonald Normanが書いた近著“The Invisible
Computer: Why Good Produ cts Can Fail, the Personal Computer Is So Complex,
and Information Appliances Are the
Solution”はよく米国の書評に出ているが、やはり単能機器がネットで結ばれている未来を描いている。
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そもそも「究極のコンピュータは目に見えなくなる」というのは我が国では言い古されている。いろいろなところではこれもTRONみたい、あれもTRONみたいという声が出てきている。TRONプロジェクトは非常に大きなコンピュータの未来像を描き、どういうふうに動いていくかには私たちは概念設計のレベルではほぼ成功したと力強く思っている。そのTRONも本号で特集のITRONをはじめとして新しい展開を迎えていく。必ずしも機能が高いとか概念が良いから世の中に広く広まるわけではないということは何度も述べたが、ひとつのビジョンを持って方向性を示し、プロジェクトを進めていくというアプローチは重要である。このような方法が我が国から出にくかった。しかし我々のTRONプロジェクトがまさにこれだ。これからも誇りと自信を持ってプロジェクトを進めていこうと思っている。
坂村 健
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