気候変動フィクション『未来省』

人気SF作家キム・スタンリー・ロビンスンの新作『The Ministry for the Future』の翻訳書『未来省』が、パーソナルメディアより2023年9月に発刊された。

本書は、気候変動フィクションとよばれるジャンルの小説だ。SF小説(Science Fiction)の一つで、英語ではCli-Fi(Climate Fiction、クライ・ファイ)という。物語の中に気候に関する科学的な事実を取り入れ、読者に対して気候変動問題への認識やその解決策への模索を提起するものが多い。その中には遠い将来を舞台にしているものも少なくないが、本書は現代から2050年代あたりまでの近未来の地球が舞台になっている。

原書は2020年10月の発刊以来、大きな評判を呼んでいる。バラク・オバマ(米元大統領)は、2020年のお気に入りの一冊に選んだ。ビル・ゲイツ(Microsoft共同創業者)は、「今後何十年にもわたり有効な地球規模の魅力的なアイデアと人物たちで満ちあふれている」と賛辞を惜しまない。

物語は、2週間で2,000万人の犠牲者を出すインドでの衝撃的な大熱波のシーンで始まる。この少し前の2025年1月に、通称「未来省」が、COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の承認のもとに設立される。

インドの大熱波以降も世界各地で熱波や洪水などの異常気象が頻発。未来省のもとにはありとあらゆる問題が報告される。未来省のトップに就任したメアリー・マーフィーと世界中の各分野の専門家から構成されるメンバーたちが、科学技術、経済・金融などのあらゆる手段を総動員して、解決に立ち向かう姿が克明に描かれる。そして、そのメアリーの人生に大熱波からかろうじて生還した男性フランク・メイが絡み合っていくところが、もう一つのストーリーになっている。

本書は小さな106の章から構成されている。最初から最後まで軸となるのは未来省の闘いとメアリー=フランクの物語だ。しかし、それ以外にも多くの人物が登場し、世界で発生するさまざまな出来事や人々の想いが積み上げられていくオムニバス的な作品でもある。全部読み終わると、今まさに始まっている気候変動問題をいかに解決していくべきかという著者の主張や想いが多層的に理解できるに違いない。

この小説で実行される科学技術、経済・金融、社会体制の具体的な手段は、すでに実在する技術や提案だったり、部分的に実施されていたりするものばかりだ。それらが実際に実現し広まっていく様子が描かれている。この本を読めば、気候変動問題に対して、今世界で何が試みられているのかを知ることができる小説にもなっている。